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『無理はしても、無茶はするな』

『無理はしても、無茶はするな』

  • 社長ブログ

若い時は、無理をするべき。
ある程度、自分に負荷をかけた方が良い。
その無理は、将来に必ず活きる。
ある程度、年を重ねると無理も利かなくなる・・・。

 

しかし、「無理をさせられない」という世の中に疑問を感じることが多々ある。
みんなが、おっかなびっくりになり、無理をさせようものならば、総叩きにすらなりえる、恐ろしくて無理をさせられない。
結果的に、無理の利かない若者が育っていく。
この結果は、あと数年もしたらハッキリすることと思う。
一度は無理をした人たちが、踏ん張り、世の中で活躍をしていくことと思う。

 

一方で、無茶をしてはいけない。
無茶をさせてもいけない。
無茶の果ては「破壊」にしかならない。
身も心も壊れていく。

 

だから、本当は無茶を責めるべきで、無理を責めるべきではない。
むしろ、無理を称えるべきではないのか。
ちなみに、うちの会社は信念をもって無理をさせています(笑)。

 

実は、この考え方は、母校(東京都立九段高校)の剣道部の伝統的な教え。高校時代に先輩より教わりました。
「無理はしても、無茶はするな」
その時は、何が違うのかよく分からなかった。
無理でも、無茶でも、どっちでもいい。
いずれにしてもきつかったし、とても可愛がってもらいました(笑)

 

今思うと、先輩たちは僕たちに無茶をさせなかった。
限界をしっかりと見て、限界の寸前まで徹底的に無理をさせてくれた。
あるいは、僕の好きなだけ無理をさせてくれた。

 

そのおかげで、自分の限界値を知った。
これ以上は危険というライン。
このラインを知らないと、本当の意味で痛い思いをする。
その時の無理が、今に活きている。
相当厳しかったが、それに比べれば今の厳しさなんて大したことではない。
そう考えられる。

 

もしも、高校時代の部活で、甘やかされ、無理をせずに、限界を知らなかったら、
今の僕はないのかもしれない。

 

あれから30年が経ち、つくづくと「あの時代のお陰」と思っている。
しかし、もう一度、あの稽古をしようとは微塵にも思わないところが、本当にきつかったという思いなのであろう。

 

今の若い人たちに言いたいのは、
無理をしろ。ということ。
しかし、
無茶は絶対にダメ。
「無理をしても、無茶はするな」と言いたい

 

残念ながら、若い人の中には、限界を知らない人も多いと思う。
だから、周りんの大人たちが、遠巻きで見守り、ボクシングのレフリーのごとく、STOPをかけてあげなければいけない。
場合によっては、タオルを投げることも必要。

 

その時に、信頼関係が絶対的に必要となる。
STOPをかけてくれる人がいれば、若い人は安心して無理が出来る。
そんな組織が僕の理想形だったりする。

 

大人たちは、
「無理をさせても、無茶をさせない」ということであろう。

 

半ば屁理屈的なこの二つの言葉ですが、僕にとって大切な言葉の一つです。
今の時代こそ、大事な考え方だと思っています。