石橋の手帖

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2020年6月11日(木)

    『ルール至上主義への疑問』

    昨今、世の中はルールという決め事に
    囚われすぎている気がしてならない。
    ルールは人の思考を停止させる。
    僕はそう考えるようになった。
    僕は元々ルールで縛られるのが好きではない。
    しかし、ルールの大切さも理解している。
    ルールがなければ成り立たないことがほとんど。

    今この時代に大切な事は、
    もっと緩やかなルールなのかもしれない。
    一挙手一投足をがんじがらめに決められて、
    考える隙間がない。
    だから考えない頭の構造になる。

    よくあある光景に、
    何か問題やトラブルが発生した時に、
    何故こうなったのっか?と言った具合を問う際
    「ルールだったから」と言った返答。
    少なからず僕自身も経験がある。
    思考が停止している瞬間である。

    赤信号は止まるというルール。
    何故止まる必要があるのか?
    その本質は車という凶器から命を守るためであると
    解釈をしている。
    一方で、信号のない交差点では、
    考えて一旦停車する。
    信号というルールがないところでは、
    我々は考えて停止することができる。

    しかしながら、信号というルールのある交差点では、青信号になったら即発進をするのがほとんど。
    教習所では、確認の後に発進と教わった気もするが。

    ルール至上主義をいったん否定をしてみたい。

    その代わりに、
    道徳観や倫理観、正しさ、
    という極めて抽象的な緩やかな軸で判断してみたい。

    ルールに縛られるのではなく、
    道徳観や倫理観で縛られる。

    そこに、日本人特有のらしさが生まれてくるように思う。
    戦後の復興を支えたものも、
    数々の災害からの復興も、
    ガチガチに縛られたルールではなく、
    道徳観や倫理観で復活をしてきたように思う。

    今この時代だからこそ、
    大切な考え方のように思えてならない。

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